OSS OB・OG座談会

[第3回] 夢はあきらめない



有田憲正 沢谷友太郎 増岡佑子 長谷川雄基 日原大朗


司会 音大に進学した今、みなさんがどんな将来を思い描いていらっしゃるのか教えてください。

長谷川雄基長谷川 まずは2年生としての1年間で自分の基礎となるテクニックをつけて、さまざまなジャンルの楽曲に対応できるようになる。そして、3年次に進む直前には自分の進路を定め、3年生のうちから具体的に動き始める。そして4年次は花を開かせる。どう? 美しくまとめたでしょ。

――キレイでもちっとも具体的じゃない[日原]

司会 そうですね。もう少し詳しく。

長谷川 今は基礎をしっかり作ることに専念したい。その基礎が何のためかというと、将来、自分がコンサートを開いて、ホールを満員にして、演奏を聴いてもらった人たちから「よかった」といってもらえるようになるため、ということです。

司会 将来は演奏家として?

長谷川 もちろん。それだけで生活していけたら最高なんですけど、なかなか太鼓で食べていくというのは難しいかもしれません。

司会 たとえば教師をやりながら演奏活動も、とか。

長谷川 音楽教師になろうという考えはありませんね、今のところ。資格だけは取っておこうとは思いますけど。学校の先生って大変なんです。とくに音楽教師は必ずクラブの顧問をやることになるでしょう。技術を教えるばかりではなく、遠征の引率とか、指導者を招いたりとか、自分のクラブを強くするためにはいろいろなことがある。なかなか自分の演奏活動までは手が回らなくなるんです。

司会 では?

長谷川 東京の音大に進むきっかけをつくってくれた実技の先生という方が、マーチングバンドとかの指導をしながら演奏家としても活動されているんです。まだ若手なんですが、演奏家としてもそうとう注目されています。自分も将来その方のようにやっていけたらと考えています。だからこそ、今が大切なんです。


司会 沢谷さんはいかがです。 受験を戦い抜いてようやく入学が決まったというところですが、将来について考えていらっしゃいますか。

沢谷友太郎沢谷 漠然とではあるんですが、自分の好きなことを生涯通してやっていきたいという考えはあります。周囲に迷惑をかけながらやりたいことを通したわけですから、なおさらです。ただ、これから大学で音楽を学ぶという段階なので、今からが本当のスタートだと思います。

司会 大学でとくに何を学びたいということはあるのですか。

沢谷 自分の可能性を探りたいということです。僕は歌が好きです。でも、自分に合っているのがどんな歌なのかは、まだ見えていないので、大学では、自分が好きな歌が何なのかを見つけたい。そして、大学を出た後もできれば歌っていたい。音楽に関わることをやって生きていきたいと考えています。


司会 同じくこれから1年生という有田さんはいかがですか? 将来やりたいことを明確にした上での進学だったということですが。

有田憲正有田 これからは音が鳴ること、音を聴く環境というものを、もっとデザインしていく時代になると思うんです。たとえば音をデザインした空間をつくっておいて、そこに人が入っていくことで何かを疑似体験できるとか。音の環境といっても、5.1チャンネルもあれば、骨伝導もある。いろんな要素を駆使して、これまでになかったものを作っていきたい。自分が考えることを形にしていきたい。だから、やりたいことがいっぱいなんです。

司会 大学で過ごされる間に何を学びたいと考えていますか。

有田 僕らはやるのが表現ですからね。人の感覚が興味の対象になります。雨の日が嫌いという人もいれば、中には雨が好きという人もいる。いろいろな感覚、いろいろな個性を等価にとらえるようにして、ものの見方を広げていきたい。きっと、いろんな見方ができればおもしろいことにつながっていくと思うんです。僕にとっては、自分で考えるということがとても重要なんです。

司会 するとテーマは、明日の音楽の探求?

有田 たとえば、最近の子供たちって、さまざまな電子音にかこまれて育ってきていますよね。最初に触る楽器も電子楽器というケースも圧倒的に増えている。そういう人たちの音に対する感覚って、アコースティックな音で育った人とは違ってくる部分があると思うんです。そう考えると、これからはとてもおもしろい時代になるはず。音の世界で新しい何かを発見していく仕事をしていきたいですね。


司会 増岡さんはどうですか? もう4年生。将来についてのお考えは?

増岡佑子増岡 いますぐできるわけではありませんが、オペラをやりたいです。

――おぉ(一同感嘆の声)

増岡 今日、みなさんと話していて、受験当時のことがリアルに思い出せたのですが、あの頃は人生の中で初めてといってもいい激動の時期でした。自分の悩みに対して「じゃ、つき合うから」といってくれる人と出会ったことは貴重でした。これ、真面目な話。あの時、ピアノから声楽へ方向を変えたことで、自分の音楽の範囲が広がってきたことは間違いありません。あの頃まで何ができなかったのかが、今ではわかるようになってきました。ピアノの弾き方まで変わってきたと思います。ただ、ピアノは10年以上続けてきましたが、声楽はまだ3年。少なくとも10年は続けないと、本当のところはわからないと思うのです。

司会 特に声楽は年齢とともに「楽器」がよくなっていくと言われますよね。

増岡 ただ、声楽を続けていくためには「どうやって」の部分を避けては通れません。4年生になった今思うのは、どうしてあと1年なのよってこと。

司会 一人の社会人として生活していきながら声楽も続けるということになりますか。

増岡 どうやって声楽を続けていくかを、考えているところなんです。進学、留学などいろいろなやり方がありますが、どの選択肢もそれぞれ困難が伴う。それでも10年は、という思いは強いんです。


司会 4年生になると、人生の切実な問題に正面から向き合わなければならないのですね。同じく4年生の日原さんはいかがですか?

日原大朗日原 自分は環境に恵まれていると感謝しているのですが、親も周囲も「やりたいように」と言ってくれます。だから、あとは自分だけ。目指す将来はオペラ歌手。それも世界で歌える歌手になりたい。

司会 そのためには、やはり時間という問題がありますよね。

日原 たしかに生活ということを考えると、指導者をしながら演奏家を目指すという方向もあります。ただ、将来のためには、学生のうちにやれることを懸命にやることが大切だという思いの方が、今は強いですね。4年生になって、少しずつ発声がわかるようになってきて、まさに「これから」という感じなんです。ですから、あと2年は大学で学びたいとも考えています。

司会 その先は。

日原 具体的なプランはまだありませんが、目標はかなりはっきりしていますよ。

司会 自分のコンサートを開けるようにということ。

日原 それは大前提。コンサートをやって「いいバリトンだったね」で終わりたくはないのです。声を聞いただけで「あっ日原だ!」と言われるようなオペラ歌手になる、ということです。そのためには、もう少しの期間スネもかじらなければならないかもしれません。でも、その間にどれだけ勉強するかが、自分の将来に直結すると信じています。


音大受験の経験を活かし、音楽家としての夢を追い求めるみなさんの思いや、人生に対する前向きな姿勢がうかがえる有意義な座談会でした。きっとこれから音大をめざす人たちに対しても、心を奮い立たせるメッセージになったと思います。みなさん、それぞれの夢に向けて頑張ってください。そして、これから音大をめざす後輩のみなさん、先輩たちに負けないぐらい大きな夢を、音大受験という貴重な経験の中でつかみとっていってください。

※3回シリーズのOB・OG座談会は今回で終了です。ご覧いただきありがとうございました。



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